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王嗣 承宗

  • 人物番号: 0196
  • 姓 名 : おう 
  •  字  :  承宗 しょうそう
  • 出身地 : 犍為郡けんいぐん 資中県しちゅうけん
  • 生没年 : ? ~ ?
  • 性 別 : 男性

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王 嗣(おう し、生没年不詳)は、中国三国時代の政治家・武将。蜀漢に仕えた。字は承宗。益州犍為郡資中県(現在の資陽市)の人。

経歴
延熙年間(238年-257年)、功業・徳行が顕著ということで孝廉に推挙された。次第に昇進して西安囲督・汶山太守となり、安遠将軍の位を加えられた。領内の羌族に恩愛と信義をもって接したため、みな彼に帰服した。また、平素乱暴な諸部族もみな帰服したため、北方の国境地帯は安寧となった。そのため、姜維が北伐をする度に羌族は馬・牛・羊の毛織物や穀物を献上し、姜維はその物資を頼みとして戦うことができた。その後、鎮軍将軍に昇進し、そのまま太守も兼任した。王嗣は人情に厚く実意ある人柄で、人々に愛され信頼された。姜維の北伐に随行した際、流れ矢に当たって負傷し、その矢傷のため数ヶ月後に死去した。野辺送り(見送り葬)をする異民族は数千人に昇り、みな涙を流し声を上げて泣いたという。羌族は王嗣の子や孫たちに対し肉親のように接し、あるいは義兄弟の契りを結んだりした。彼への恩愛は非常に厚かったという。

ウィキペディアより

王嗣の一族
    No Data

王嗣が登場する文献
  • 5-481.

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