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虞翻 仲翔

はん 仲翔 ちゅうしょう ウィキペディアで 虞翻 を調べる

虞 翻(ぐ ほん、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代の学者、政治家。呉に仕えた。字は仲翔。揚州会稽郡余姚県の人。高祖父は虞光。曾祖父は虞成。祖父は虞鳳。父は虞歆(字は文繍)。子は虞汜・虞忠・虞聳・虞昺ら男子11名ほか。『三国志』呉志に伝がある。 若い頃から学問に励んでいた。ある日、兄に面会を求めた客が、虞翻の所には現れなかったため、虞翻は手紙を送り、故事を引いてその客の見る目の無さを皮肉った。その手紙の内容が非凡なものであったため、その客は非常に感心した。このことが基で、虞翻の名は世に知られるようになったという(『呉書』)。 初め会稽の王朗に仕え、功曹に任じられた。王朗が孫策と敵対し、会稽に孫策軍が迫ると、父の喪中であるにもかかわらず王朗との面会を求め、抵抗せずに避難するよう勧めた。王朗はその言葉に従わず、孫策と戦ったが敗れ、船で海上に逃げ延びた。虞翻は王朗を追いかけ、随行し守護した。東部候官の役所への保護を求めたところ、長官から拒絶された。しかし虞翻が使者に立ち説得に当ったため、入城することができた。

ウィキペディアより

人物データ

虞翻の出自
  • 姓 名 :  はん
  •  字  :  仲翔 ちゅうしょう
  • 出身地 : 会稽郡かいけいぐん
  • 生没年 : 164 ~ 233
  • 性 別 : 男性

虞翻の一族
    No Data

虞翻が登場する文献
  • 2-473~474,2-483,6-242,6-264,6-385,7-28,7-101~102,7-192,7-228,7-324,8-125.

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