朱淵は穀熟県長の呂岐と親しかった。呂岐が朱淵と爰津を留学先から呼び戻して帰郷させ、二人を官に登用しようとして会見した後、朱淵を師友祭酒に、爰津を決疑祭酒に任命した。しかし朱淵と爰津は家に帰ったまま任命を受けなかった。呂岐は大いに怒り官吏民衆を引き連れて朱淵と爰津を逮捕して二人とも杖で殴り殺した。これについて当時の批評者たちはその処置を非難するものが多かったが、袁渙は批評者たちに弾劾しないように諭した。