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鄧芝 伯苗

  • 人物番号: 0718
  • 姓 名 : とう 
  •  字  :  伯苗 はくびょう
  • 出身地 : 出身地不詳
  • 生没年 : ? ~ 251
  • 性 別 : 男性

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『トウ芝』より 鄧 芝(とう し、? - 251年)は、中国後漢末期から三国時代の行政官・武将・政治家。蜀漢に仕えた。字は伯苗。荊州南陽郡新野(現在の河南省南陽市新野県)の出身。後漢初期の名臣鄧禹(雲台二十八将筆頭)の末裔。母は鄭天生。子は鄧良。 劉璋が統治する時代(194年から214年)に益州(現在の四川省東部)へ入った。まだ無名の時期に、張裕が人相をよく見ると聞き訪ねると「70歳を過ぎて大将軍となり、侯に封ぜられる」と評価された。その後、龐羲がよく士を好むと聞いたため、身を寄せた。 劉備が益州を平定すると、転じて劉備に仕え、郫の邸閣の督となった。ある時に郫を訪問した劉備と語らい高く評価され、以降抜擢されて郫県令・広漢(現在の四川省広漢市)太守を歴任した。清潔かつ厳格に統治を行って治績を挙げ、尚書となった。 223年、劉備死後の蜀は、跡を継いだ劉禅(後主)がまだ少年であり、魏・呉とも敵対しており危険な状態であった。呉の孫権が劉備の在世時に和睦を求めてきており、劉備も費禕達を使者として派遣するなどしていたが、劉備の没後は態度を鮮明にしていなかった。

ウィキペディアより

鄧芝の一族
    No Data

鄧芝が登場する文献
  • 5-75,5-82,5-127,5-188,5-190,5-291,5-313,5-397,5-438,5-449~450,6-112,6-115.

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