費 立(ひ りつ、生没年不詳)は、中国三国時代末期から西晋の人物。蜀漢・晋に仕えた。字は不明。益州犍為郡南安県の人。父は費詩。裴松之が引く『蜀世譜』(孫盛著)に記述がある。 父同様、蜀の滅亡まで仕えた。蜀の滅亡後は、在らぬ噂を立てられ不遇の身であったが、蜀の旧臣で西晋の高官になっていた何攀が、費立のために弁護したため誤解が解け、仕官が叶う事になった。後に、晋の散騎常侍にまで出世した。 西晋以降、犍為郡の費姓の人物で名声・官位を得たのは、全て費詩・費立父子の末裔であったと伝わる。 脚注 ==。
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