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扶羅韓 (人名)
人物伝 
扶羅韓(呉音:ぶらがん、漢音:ふらかん、拼音:Fúluóhán、生年不詳 - 218年)は、中国後漢末の鮮卑族の大人(たいじん:部族長)。檀石槐の孫。魁頭・歩度根の弟。泄帰泥の父。
経歴
鮮卑は歩度根が指導者になってから、その部族の勢いがやや衰えたので、彼の弟に当たる扶羅韓がまた別に数万の衆を擁して大人となった。しかし、扶羅韓の配下は彼に心服していなかったという。建安23年(218年)、扶羅韓は軻比能に会盟の席上で殺害され、扶羅韓の勢力は軻比能に吸収された。
ウィキペディアより
人物データ
扶羅韓の基礎情報
- 人物番号: 3562
- 姓 名 : 扶 羅韓
- 字 :
- 出身地 : 鮮卑
- 生没年 : ? ~ ?
- 性 別 : 男性
扶羅韓の一族